「羆嵐」吉村昭
「羆嵐」、はるか昔に読んでいるのですが、最近の熊のニュースの多さから読み返してみました。
大正4年(1915年)12月、北海道天塩山の開拓村における一頭のヒグマによる日本獣害史上最大の惨事のドキュメンタリーです。熊に対する村人たちと老練なクマ猟師の銀四郎。特に猟師の銀四郎は、熊に対すると冷静沈着ですが、性格もかなり悪く、酔うとさらに悪くなるという印象的な人物です。
最初に読んだ時から記憶に残っている、人間が食べられる時の、骨が砕ける音のリアルさは一回読んだだけでも長い間忘れられませんでした。また、女性の肉だけを執念深く狙うところは心底、恐ろしいです。 そういえば、「鬼滅の刃」の最初の炭治郎の一家の惨劇シーンを見たときは、この「羆嵐」の惨劇のあとを思い出したものです。
いまさらながら、作者の吉村昭のうまさが分かる作品です。「桜田門外ノ変」、「戦艦武蔵」、「関東大震災」のような大作もいいですが、このような歴史に埋もれそうな事件の方が作者の力量が分かる気がします。この作品での音や匂いのリアルな感覚には影響を受けていて、拙著「臨終師フォン」 でも表現したかったのですが、まるで力量が足りませんでした。
クリフハンガー
前述の「物語の三層論」に書いた、クリフハンガー(Cliffhanger)について補足します。
クリフハンガーとは、絶体絶命のシーンで物語を終了し、その後を想像させ、期待させる技術です。その歴史は古く、ヴィクトリア朝時代の連続小説で広まり、特にチャールズ・ディケンズの連続小説で有名になった手法のようです(日本語版Wikipediaのクリフハンガーの項は少し変)。
映画が普及すると連続活劇に、またTVが普及すると各週ドラマの終わりに、クリフハンガーは技術として多用されました。現代においてストリーミングのドラマでも、各シーズンの終わりにクリフハンガーが使われる事があります(個人的にはシーズンエンドのクリフハンガーは嫌いです)。
連続モノではなく、一本の小説、ドラマ、映画においてもクリフハンガー的な手法は使われます。もちろん、連続小説や各週ドラマで、その間に期待を高めるような効果は出ないのですが。
次のものが一番使われる手法でしょう。クリフハンガー・オープニングと呼んでもいい手法です。
- オープニングで主人公Aが絶体絶命 -> 過去に戻って、(全体の50〜80%ぐらい要して)絶体絶命に至る物語 -> Aの絶体絶命に戻る -> Aの危機脱出
次のものもクリフハンガー的な手法に思えますが、効果時間は短く、クロスカッティング、フラッシュバックの編集手法と考えた方がいいでしょう。
- 登場人物Aの危機 -> 登場人物Bの危機 -> Aの危機脱出 -> Bの危機脱出 (クロスカッティング)
- 登場人物Aの危機 -> 危機と脱出方法についての情報 -> Aの危機脱出 (フラッシュバック)
拙著「臨終師フォン」 においても、0x09章のバンブーウォールからの脱出の部分で、フラッシュバック的な手法は使っています。しかし、単に説明的に終わってしまい、残念に思っています。
「小説家になろう」、「カクヨム」などのWeb小説投稿サイトでは連続小説で投稿する方が多い割には、あまりクリフハンガーが使われていない気もします。古臭い手法だからでしょうか。
ちなみにクリフハンガー、またはCliffhangerで検索しても、1993年シルヴェスター・スタローン主演映画「クリフハンガー」ばかり出てきてしまいます。
キャラクタの役割
物語におけるキャラクタの役割、について初めて体系的に知ったのはDramaticaでした。 Dramatica、は90年代に作られた、物語を作るためツールのソフトウェアです。プロット、テーマ作成、ストーリ構成と段階的にガイドを与え、執筆プロセスを導いてくれます。
私自身、このソフトで物語を書いたことはないのですが、このソフトのマニュアルは大変楽しく読みました。特に、物語のキャラクタの役割について、スター・ウォーズで説明されていて、非常に納得性があり、それを自分なりに解釈して使っていました。
拙著「臨終師フォン」 でも、ある程度の骨格が決まった段階で、このスター・ウォーズのキャラクタの役割を基本に考え、対比させた表を作り、キャラクタの肉づけをして、そして物語を作っていく、という過程を踏みました。次の表のようになります。
役割 | スター・ウォーズ | 臨終師フォン |
---|---|---|
主人公 | ルーク・スカイウォーカー | フォン |
仲間(サイドキック) | ハン・ソロ | レイラ |
道化(クラウン) | C-3PO | アレハンドロ |
指導者・弱(メンター弱) | オビ=ワン・ケノービ | ダールマ(シンカインド) |
指導者・強(メンター強) | ヨーダ | アスラ(シンカインド) |
支援者 | レイア姫 | アンナ&マリア(双子の魔女) |
敵対者 | シス | エドムンド・サンチェス |
妨害者・弱 | ボバ・フェット | ビル(レッドリプス) |
妨害者・強 | ダースベーダ | ジャック&ベティ(レッドリプス) |
この表は絶対ではなく、各自の物語に合わせて柔軟に変更するものです。それでも、ベースとしては使えるでしょうし、それぞれのキャラの役割を考えるツールには使えると思います。
また、「スター・ウォーズ」を敬して、拙著「臨終師フォン」 の中でもパロディなシーンが数箇所あります。気が付かれたでしょうか。
スローイン・ファストアウト
前述の「物語の三層論」に書いた、スローイン・ファストアウトについて補足します。
スローイン・ファストアウトは、スポーツ走行で有名な言葉ですが(私は「頭文字D」で知りました)、物語の世界では、シーンにはゆっくり入って、素早く抜ける、という表現技術になります。
シド・フィールドの脚本術3「最高の映画を書くためにあなたが解決しなくてはならないこと」(The Screenwriter's Problem Solver)の第19章「ゆっくり入って、早く切り上げる」(Enter Late and Get Out Early)があります。この中で、ウィリアム・ゴールドマン「脚本家業の冒険」(Adventures in the Screen Trade、残念ながら未読)に、シーンにはできるだけ最後のポイントで入った方がいいと、と語られているとあります。一般には、これの解釈はなかなか難しいです。
また、シド・フィールドは"可能な限り最後の瞬間にアクションを開始するのがベストだ"と語っています。
以上から、これを平易に解釈してスローイン・ファストアウト、つまりシーンにはゆっくり入って、素早く抜ける、と考えるのがいいように思えます。
- 前半60%で、背景、人物、前提
- 中盤30%で、緊張、対立などアクションを起こす理由
- 後半10%で、アクション
というようなスピード感でシーンを作り上げるのがベストと個人的には考えています。もちろん、場合により変化しますが。
これらはシーンの話ですが、チャプター、ストーリ全体においても、スローイン・ファストアウトは有効です。
マクガフィン
前述の「物語の三層論」に書いた、マクガフィンについて補足します。
マクガフィンとは、物語を展開させる上でのキーアイテムです。しかしながら、ヒッチコックが「映画術」で書いた事が、誤解、拡大解釈されているように感じます。具体的には、「映画術」p125「海外特派員」、p160「汚名」の部分でマクガフィンについて多く語っています。p160から引用してみます。
そんなわけで、ウラニウムをマクガフィンに使おうと思いついた。そんなことを言っても、プロデューサーはまゆをひそめるだけでわたしを見て、原爆を映画のストーリーの土台にするなんてまったくばかげていると言うんだね。「ストーリーの土台ではなく、マクガフィンにするだけですよ」とわたしは言って、マクガフィンというのは単にサスペンスのきっかけであり手口であって、すべてを単純にドラマチックにするための一種の口実であり仕掛けなんだから、全然気にする必要はないんだと説明してやったんだよ。それでも納得しないから、「ウラニウムがいやなら、ダイヤモンドにしましょう」とまで言ってやったんだよ。(「映画術」p160 ヒッチコック/トリュフォー、晶文社)
実際、ヒッチコックはマクガフィンを交換可能と言っていますが、単純にそう読むのは浅いでしょう。マクガフィンとは分かりやすいアイテムなだけに、なぜコレなのかと疑問に持つ人は多かったのでしょう。そういう意見にうんざりした、ヒッチ流の返しだとも言えます。「映画術」を読まずに、なんだかんだとマクガフィンだと批判する人も多いのです。(「汚名」が作られたは1944年、広島の原爆の前年でありウラニウム自体が認知されてなかった。公開は1946年)
スティーブン・スピルバーグ自身は、マクガフィンは嫌いで、キーアイテムをマクガフィンと言われることも嫌っているようです。映画「インディ・ジョーンズ」シリーズでは、常にキーアイテムの奪い合いによる展開をさせています。しかしながら、このキーアイテムはヒッチコックの言うマクガフィンと大きく差はないように思えます。
- 「レイダース 失われたアーク」→ ラーの杖飾り
- 「魔宮の伝説」→ 秘石シヴァ・リンガ
- 「最後の聖戦」→ 父の聖杯手帳
- 「クリスタル・スカルの王国」 → クリスタル・スカル
- 「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」 → アンティキティラのダイヤル
それらを踏まえて、拙著「臨終師フォン」 の中でもマクガフィンを使い、物語を展開させています。それも、以下のように作中の人物にキーアイテムをマクガフィンと言わせています。
「それは……、単なるマクガフィンかもしれないな」
「マクガフィンって…、ヒッチコックとトリュフォーの本で読んだな、『海外特派員』のとこ…、つまり、メガネ自体には意味がないってこと?」
「そうだな」
「映画ならともかく…、どういう目的?」
「エドムンドの注目を集めること…、それしか今は思いつかないな」
「じゃ、オトリのためにこんな苦労させているってこと?」
映画や演劇では、第四の壁を破る(演者が観客に語りかける事)演出はあっても、作中の人物がキーアイテムをマクガフィンと語ったのは初めてなのでは、と自負していますが、どうなんでしょう。
ちなみに、マクガフィンではあるけど、あまりに現実とかけ離れたマクガフィンは興醒めしてしまいます。映画「ミッション:インポッシブル デッドレコニング」は全体としては面白いのですが、マクガフィンとして奪い合うものが、AIを起動するためのメカニカルな二つの鍵というのは、馬鹿げているように感じます。現実的ではありません。子供騙しにはいいでしょうが。
物語の三層論
私は、小説の面白さを次のような三層で考え、また自分で書く時もこれを意識しています。
1) 表層的 2) 構造的 3 深層的
これらは単純に分離できるものではなく、当然、各層で関係しあっています。それぞれについて、簡単に解説します。
1)表層的な面白さ
表層的な面白さは数行、数ページでわかるものです。物語の面白さの本質ではありませんが、物語に集中させるために必要なことだと思っています。
文章においては、当然のこととしての読みやすさ(センテンスの長さ、漢字の開き、句読点、改行、混乱しにくい名称)、感覚に訴える文章(視覚、聴覚、嗅覚、味覚)、パロディ、ギャグ、文体(クールさ、綿密さ)などなど。
キャラ設定においては、綿密な背景、精神と行動の一致、複雑な心理、葛藤、モチベーション、セリフの面白さ、ビジュアルの面白さなどなど。
舞台設定においては、違和感は無く斬新な舞台設定、新しい視点、その綿密さ。
分かりやすさとは対立しますが、ある比率で読者に対して未知の知識を入れ込むことも大事だと思います。
2) 構造的な面白さ
構造的な面白さは、全体を読んで分かる、物語としての面白さです。読了直後、映画の鑑賞直後に感じる面白さは、構造的な面白さが多いように思えます。
基本的な起承転結のわかりやすい流れ、それでいながら意外な展開、ドンデン返しなどなど。
部分的な流れとしては、テンポのいい展開、次々と現れる障害とその解決、謎の提示とその解明など。技術的には、クリフハンガー、スローイン・ファストアウト、読者への挑戦状、レッド・ヘリング、マクガフィンなどなど。
3)深層的な面白さ
深層的な面白さは、全体を通し、さらに内容を理解して分かるものです。あとから、ボディブローのように響く、と言われる面白さはこの深層的な面白さでしょう。
全体のテーマは、作者の倫理的、哲学的な意見と言えます。それは戦争反対、人種差別反対など分かりやすいものもありますが、物語の奥深くに隠され、作者や社会の背景を知ってもなお、よく見えてこないものもあります。それが明確にわからなくても、考察する行為にも意味があるとは思います。
テーマはちゃんと言語化しておいて、意図的に盛り込むのが初心者の正しい作法だと思っています。しかし、優れた作者は、書いているだけで作者の思いがテーマとして文章に残るのと思います。その域にはなかなか到達しないので、言語化しておいた方がいいです。
拙著「臨終師フォン」においても、これを意識して書いてはいますが、実際はなかなか難しいです。
Bingに自分のことを聞いてみる (エゴサーチ)
OpenGPTに自分の名前、作品を聞いても、かなりいい加減な答しか返ってこないのでがっかりしてました。最近の情報は学習されていないので当然ですが、村上春樹について聞いても、他人の作品名を自信満々に出してきたり、信用できないです。
最近、Microsoft EdgeのBingにAIチャットが搭載されたというので、エゴサーチしてみました。
(質問) 作家の廣亜津美について教えてください
廣亜津美さんは、日本の作家であり、近未来SF「臨終師フォン」を出版しています1。また、Twitterでの活動も盛んで、自身の作品についての情報や、美術展についての感想などを投稿しています1。詳細については、彼女の公式サイトやSNSアカウントをご覧ください1
と、ほぼ完璧な答えを返してくれました。Twitterの書き込みまでチェックしているとは、熱心なファンだと勘違いしそうな程に知ってくれています。 次は、書名「臨終師フォン」について聞いてみました。
(質問) 「臨終師フォン」について教えてください
「臨終師フォン」は、廣亜津美さんの近未来SF小説です1。この小説は、2055年の近未来を舞台に、人工知能体シンカインドによって世界が変革された社会を描いています1。物語は、シンカインドの開発者であるフォンが、臨終師として旅をしている最中に、シンカインドの祖アスラからの依頼を受け、少女レイラとともに横田カオルーンへあるものを届けるための冒険を繰り広げる様子を描いています1。この小説は、技術予測と社会変化予測から導き出された、可能性のある未来の一つを描いた未来予測小説です2。詳細については、こちらをご覧ください。
ほぼ完璧な答を返してくれました。まあほとんどはKindleのあらすじの文章ですが、素晴らしいです。 次に、小説中に出てくる用語について聞いてみます。
(質問) シンカインドについて教えてください
シンカインドとは、廣亜津美さんの小説「臨終師フォン」に登場する人工知能体です1。この小説は、2055年の近未来を舞台に、人工知能体シンカインドによって世界が変革された社会を描いています1。シンカインドは、人間の意識を模倣することができるため、人間と同じように感情を持ち、思考することができます1。詳細については、こちらをご覧ください。
素晴らしいです、多少間違いはありますが。シンカインドは、人間の意識を模倣するのを諦め(そもそも人間とは知的生物なのかと言う疑問)、記号論理言語学に基づいて構築され、創発されたというのが技術的なポイントなのですが、…ここまで答えてくれれば満足です。