「臨終師フォン」創作メモ

長編小説「臨終師フォン」を出版しました。よろしくお願いします。出版までの過程をメモとして残して、みなさんのお役に立てればと思います。

アイデアの三角形

発想法については「ゼロからイチの幻想2  組み合わせの発想法」「「ギルフォードの創造性テスト」と小説著述 」「拡散的思考と収束的思考」と書いたので、ついでに「アイデアの三角形」という私の考え方を加えておきます。アイデア出しについては、息をするように出来ますが、その質については次のように考えています。

イデアの三角形

イデアは、良いアイデア、悪いアイデアという一軸で考えてしまいますが、実は上のような三角形に分布するという様に考えた方がわかりやすいです。X軸は「ありきたり - 型破り」という軸、Y軸は「良い - 悪い」という軸。アイデアというものは、ほぼこの三角形に収まり、左端の平凡なアイデアにいくと、そこは良くも悪くもない、ありきたりなモノばかりです。最高のアイデアとは、奇抜でありながら良いモノ、最悪なアイデアは奇抜でありながら悪いモノです。

一般人がアイデアを出すと、大抵はありきたりなものばかりで、悪くもないし良くもありません。アイデア出しの失敗原因の第二位は数が出ても平凡なところに落ち着いてしまうことです(第一位は、前提がそもそも間違っていること)。アイデアマンというのは、悪いもの、良いものを超えて奇抜なモノを出すことができます。

かつてあるプロジェクトのワークショップで、奇抜なアイデアを出させる練習として「最悪なアイデア」を出すというのをやってみました。最高のアイデアというのを考えさせるのは心理的に難しいのですが、最悪のアイデアを出せというと、楽しく一生懸命考えてくれます。また、最悪の部分を変えていくと、そこには最高へのヒントが見えてきます。アイデアにおいては、平凡と最高は距離が遠いですが、最悪と最高の距離は意外に近いのです。

  • 良いアイデアを出すのではなく、奇抜なアイデアを出そう
  • 奇抜なアイデアというのが難しいなら、最悪なアイデアを一度考えてみるといい

小説もそうですが、平凡なところに最高なアイデアはありません。最高を目指すなら、最悪を恐れずに型破りなアイデアを出しましょう。

当て書きによる小説

「当て書き」とは、映画や演劇などの脚本において、あらかじめ登場人物に俳優を想定して書く方法です。実際には、俳優のスケジュールを押さえ企画が成立した上で書く場合と、単にイメージとして俳優を想定して書く場合があるようです。

小説執筆で当て書き、というのはあまり聞かないのですが、やってみるとキャラクタがイメージしやすく、動かしやすく、セリフも自然に出てくる気がします。身長、体重、身長差、立ち振る舞い、声のトーンまで思い描けて、個人的にはオススメです。あの映画の、あのシーンの、あの表情で、と思うと描写しやすいです。

拙著「臨終師フォン」 でも、キャラクタ設定をする段階で、あて書きの俳優を想定しました。次が、その表の一部です。年齢のズレなどかなりありますが、その辺は脳内で補正して書いていました。

登場人物 年齢 あて書きの俳優 想定した映画
ドー・フォン(主人公) 44歳 アンディ・ラウ 墨攻
ダールマ・シン 19歳、見た目40歳 ウー・マ チャイニーズ・ゴースト・ストーリー
アレハンドロ・オロスコ 22歳 アダム・ドライバー パターソン
エドムンド・サンチェス 55歳 マイケル・クラーク・ダンカン グリーン・マイル
サリー 46歳 サリー・イップ 上海ブルース

拡散的思考と収束的思考

前エントリーの「ギルフォードの創造性テスト」と小説著述でギルフォードについて書いたので、ついでに拡散的思考と収束的思考について書いておきます(好きな分野なので)。

ギルフォードは、拡散的思考(Divergent thinking)と収束的思考(Convergent thinking)という概念を提唱しています。自分なりに説明すると次のようになります

思考法 性質
拡散的思考 Divergent thinking 情熱的、主観的、創造的、アイデア
収束的思考 Convergent thinking 冷静、客観的、分析、深い思考

大体において、小説家や芸術家などは拡散的思考の持ち主に違いありません。オタク、テッキー、ハッカーな人物も拡散的思考です。企業などの集団では、拡散的思考の人々を、収束的思考の管理者が上手くコントロールすることで成立します。

前述の「ゼロからイチの幻想2  組み合わせの発想法」 のプロセスにおいては、次のような思考の切り替えをすると、上手くいきます。

発想のプロセス 思考法
目的を作る 収束的思考
イデアリストを作る 拡散的思考
イデアリストの評価と選択 収束的思考

拡散的思考だけで小説を書くと、自分には理解できますが散漫で独りよがりな内容になりがちです。拡散的思考の著者も、従来は収束的思考を持った編集者や校正者により上手くコントロールされていました。現在では著者一人で完結することも多く、拡散的思考だけに陥りがちです。 となると一人で拡散的思考、収束的思考を切り替えていくことが必要になります。つまりは、自分で拡散的思考で書き込み、自分で収束的思考で編集し校正する、という思考の切り替えをしながら進んでいくのが正しいのでしょう。

拙著「臨終師フォン」 においては、拡散的思考で著述し、時間をおいてから収束的思考に切り替えて読み返しコメントを書く。次に、拡散的思考でコメントを読み返し修正をする、という過程を繰り返しました。行き詰まっても、とりあえず書き散らしておいて、あとで修正すればいいと思うと気が楽でした。

「ギルフォードの創造性テスト」と小説著述

前エントリー「ゼロからイチの幻想2  組み合わせの発想法」で発想法について書いたので、補足しておきます。

ギルフォードの創造性テストというものがあります。「レンガの使い道を3分以内にできるだけ多く考える」というテストはどこかで聞いたことがあるでしょう。冷静時代を背景に、IQでは測れない、創造性というものを評価する手法として米国で考案されました。現在、テスト結果と現実の乖離があるとして実用はされてないですが、考え方は参考になります。

このテストにはコツがあって、それを知っていると知らないではまるで点数が違ってきます。 まずは特性を列挙することです。その特性に沿って使い道を列挙していきます。また、特性から思いつく似た物の代用品でもいいです。例えば、レンガで建材、重い、固い…などの特性を列挙して次のような表を作っていけば、すぐに50ぐらいの使い道が考えられるでしょう。

<特性> <用途>
建材 外壁、塀、敷石、花壇、椅子、テーブル…
重い バーベル、ダンベル、アンクルウェイト、転圧機…
固い 武器、投石、ガラスを割る…
赤い ピクセルアート…
割れる 射撃の的、ストレス発散…
削れる 絵の具、蝋石、チョーク、墓石、表札…
四角い 麻雀牌、トランプ、ジェンガ、トランプタワー…
倒れる ドミノ倒し、ボーリングのピン、将棋崩し…

この他に、古いCDの使い道、古民家の使い道、廃棄された空港の使い道などなど、練習と思って自分で考えてみると勉強になると思います。

ちなみに、このテストでは普通の人間は道徳的な制限を自らかける事が多いですが、それを無視して書く練習をした方がいいです。例えば、このレンガの場合では、死体を沈めるための重石、強盗の武器、歩道橋から落として車の事故を落とす、などなど考えられます、多くの人は書きません。

拙著「臨終師フォン」 を書いている途中でも、この技術を随所に使っています。コメントとして、その場所などの特性を書いておいて、後でそれを膨らませて描写するようにしました。 例えば教会のシーンの部分では、コメントに教会の特性、室内、室外、備品、感覚、行事、人々、一日の作業などを多数メモで書き込んでおきます。実際にシーンを書くにこのコメントを意識しながら、膨らませて書くようにしました。

さらに創造性テストについて深く興味があれば、日本創造学会のコンテンツなどが役に立つかもしれません。多数の論文が出ています。

www.japancreativity.jp

ゼロからイチの幻想2  組み合わせの発想法

前エントリー「ゼロからイチの幻想」 の具体的な方法論です。

組み合わせの発想法は、次の三段階になると思います。MBAではお馴染みのロジカルシンキング、そのMECEの考え方からきています。 ただし、これは新規事業、新商品、新機能などに向けた、時間をかけて考える方法です。ちょっとしたアイデアなどには向いてませんが、応用はできます。私は慣れているので、著作にもこの技術を多く使います。

  1. 組み合わせの元を得る(入力ソース)
  2. 目的に沿って、元から組み合わせを考える
  3. 組み合わせを評価し、選択する

第一段階は情報の収集であり、日常的な作業です。組み合わせの元を持っている人ほど有利になりますので、普段から広い範囲の知識や情報を持っていることが大事になります。組み合わせの元が多いほど、多くの組み合わせを作ることができます。発想法という技法はいろいろとありますが、まずはこの元を持っていることが重要です。小説、映画、ノンフィクション、演劇、音楽、論文、エッセイ、散歩、旅行、実体験などなど、普段から知識や情報に接する機会を多くすることです。他人と同じ入力ソースしかないのであれば、それだけ他人と同じような発想しか出来ないので、多様で良質な入力ソースが必要になります。またチームで行う時は、年齢や性別や経験の多様性があった方が、広い発想が生まれることになります。

第二段階は、組み合わせを考えることです。この時に、目的がはっきりしていないと単に発散したアイデアの塊になってしまうので、目的をはっきりと言語語化しておくことは重要です。(大体において、解が納得できないのは設問が間違っているのです)  まずはランダムに組み合わせてみるという方法はあります。手軽な方法は、多くのカードに言葉を書いて、その中から2、3枚を選んで、数秒で目的の内容(新規事業、新商品、新機能、ストーリなどなど)を考えてみることです。発想の瞬発力つける訓練になります。カードには、流行のモノ、手持ちのモノ(既存の技術や事業など)、その他には地名や形容詞などを書いておきます。これでは発散してしまいますが、ブレインストーミングの始めとしてはかなり有効です。これを一日中、一週間ぐらい続けることはよくありましたが、頭の使いすぎでだんだんと目眩がしてきます。この段階は、ある程度発散させて、数を出すことが重要になってきます。

第三段階は、第二段階のリストを評価することです。評価項目としては、例えば新規事業ならば事業規模、事業成長性、投資規模、競合の強さ、技術的な優位性などでマトリックスを作って評価をします。縦軸に第二段階で作ったリスト、横軸に評価項目として評価表を作り、評価点の合計で考えてみます。評価項目の重みを変えたりして表をみると、求めるものの本質が見えてきます。大規模な時は縦軸に数千のリスト、横軸に十ほどの評価項目として、数万以上の評価をした経験があります。これはかなり大変な作業ですが、結果にはそれだけの価値がありました。

これは、ビジネスだけではなく物語作りにも応用できます。拙著「臨終師フォン」 でも、執筆時に随所にこの考え方を使って展開を決めています。例えば、ある章の「香港からどのような方法で移動すべきか、なぜ行き先が深圳なのか」という問題に、飛行機、鉄道、グライダー、バス、船、自動車などなど多くの項目を出して、それぞれを評価して決定しました。このシーンは平凡であると同時に意外な移動手段を使っていて、好きな場面です。具体的には拙著をご覧ください。

また、作品中でも実際に登場人物に使わせています。0x09章でレイラはバンブーウォールからの脱出方法を、ロジカルシンキングMECEによって数秒で決めるシーンがあります。これは、レイラがネオヒューマンだからできることであり、我々マンカインドでは一瞬で決めるのは不可能でしょう。とはいえ、ネオヒューマンもマンカインドも遺伝子的には同一なので、訓練次第では似たような論理的な思考ができるでしょう。例えば、旅行先を決めるのになんとなくで決めるのではなく、金額、観光、宿、気候、グルメ、ショッピング、移動距離などで評価基準を作って考える習慣をつけることです。

ゼロからイチの幻想

新規事業、新商品開発をずっとやってきたきたのですが「ゼロからイチを作る」と安易に言う人がいます。そういうビジネス書も多く出ています。しかし、間違いなく「ゼロからイチは作る」というのは幻想でしかありません。すべてのモノは過去のモノの組み合わせであると思った方が正しいです。素晴らしいモノは素晴らしい組み合わせのモノです。「ゼロからイチを作る」という幻想を捨てて、「素晴らしい組み合わせを考える」という方が正しい道です。

これは電子機器、ビジネスモデルなどで有効な考え方ですが、小説、映画などでも同じです。まったく新しい発想の小説、映画などありません。新しい組み合わせの部分があるだけです。

では、「素晴らしい組み合わせを考える」方法は何でしょうか。次回、具体的にその方法論について書いてみたいと思います。

(補足) 「ゼロからイチを作る」は、よく創業者がいうセリフです。あるいは、それに乗っかったコンサルタントなどが使います。確かに創業しているという自負があり、それは立派なことではあるのですが、新しい価値観を作った事業などほとんどありません。自動車でさえ、馬車という産業の置き換えです。昔、真剣に、歴史上に真の新しい価値観はどういうものがあったか、と考えてみたのですが、それは農業、言語、文字、貨幣、宗教といった文明の始まりになってしまいました。

日本SF大賞エントリー

拙著「臨終師フォン」 を、日本SF大賞にNo.240でエントリーして頂きました。エントリー数342作品、重なっているのもあるので300作品ちょっとぐらいでしょうか。自分の基準ではSFには入らない作品も多いですが、読んだり見たりしているのは10作品ほど。面白そうなのは、これから読んでみたいと思います。 映像作品のエントリーが意外に少ないです。次回は自分でも好きな映像作品をエントリーしてみたいです。

エントリーを記念して、Kindle「臨終師フォン」 、Apple Books版「臨終師フォン」ともに99円、100円キャンペーンにしています。

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